はてさて、お盆に合わせた訳じゃないでしょうに、8月15日が終戦記念日という名の無条件降伏をした日。そのあたりから何故か高まる無条件降伏に至る事実を歪曲して現在の日本人としての自尊心を取り戻すのではなく糊塗しようというみっともない言動が目につきます。
何故か松江市で小学校にある“はだしのゲン”の閲覧を制限している事が発覚し、それに対して批判が集まると、本質を無視した論理を展開する低俗な輩が横行してまいります。描写の真否や戦争責任が天皇にあると書いてあるから左翼思想の漫画だ、だの逆に右傾化しようとする日本政府が何らかの圧力をかけたんじゃないかだの、まぁくだらないったらありゃしない。
松江市の発表によると、凄惨な原爆の実態や戦後の薬物汚染や喫煙、犯罪行為や性風俗の描写が小学生の精神に悪影響を及ぼす事を懸念してだ、と言っております。ならば全く先に書いた自称右側だったり左側だったりという方々は論点のズレた争いをしている事に。この問題を傀儡にしてお互いの主張をぶつけているに過ぎません。
こういってはなんですが、戦争をしたいとは全く思いませんが、平気で侵略をしようという隣国に対して何の抑止力も持たないというのはお粗末な話です。これは国家としての成立要素にも関わる事なので、その為の憲法改正を議論するのは吝かではありません。が、右寄りだとされている人達の中でも多くの不勉強な方々は、民族差別的な発言をして過激に排斥しようと唱える事しかしていない。誤解を恐れず書きますが、教育の普及を考えると韓国と中国には大きな隔たりがあり、韓国政府はその歴史における日本の支配に対して抱くコンプレックスと書くには生易しい怨嗟を教育を通じて次世代にも伝え、それを克服するには日本に対して強権的な態度に出て屈服させるのが良いと考えている節があります。逆に中国は政治体勢の矛盾やその政治体勢が産み出した汚職や腐敗、本来の共産主義・社会主義では生まれるはずの無い貧富の格差に対する国民の不満を逸らすスケープゴート的な目的に教育と反日行動を使うという民度の低い事をしております。
中国にも韓国にも日本にも、くだらないヤツは沢山いるし話の通じる人もいます。尊敬出来る人もいれば相手にしたくない人もいます。ただ面白い事に、これといった国内の情報操作を少なくとも韓国と中国に関してはしていないので、相手国の態度というものがそのまま民族への評価になってしまいます。それだけ根拠の無いこじつけの主張で国家が島の領有権を主張している中、マナーを知らない中国人観光客が目につけば、これだから中国人はとなりますし、偽物だろうがお構い無しの姿勢にはこれだから中国人や韓国人はとなります。そして日本国内で大した知識も無く真面目に歴史を学ぶ事もせず、それでいて犬の様に民族間で順位付をして優越感に浸りたい駄目な日本人は、その理由から韓国人の排斥デモを行ってみたりするのです。どいつもこいつも・・・・
そもそも太平洋戦争の戦争責任が昭和天皇にあるのは紛れも無い事実です。軍部が暴走しようとなんだろうと、それを理由にするのなら国家元首たる資格はありません。そもそも渡来人系の大和朝廷の末裔だというだけで出雲の国譲り以降急速に抑圧され、坂上田村麻呂の蝦夷地平定に代表される様に、己の正当性を主張する為に本来の日本人の民族浄化を図ろうという姿勢を糊塗しても事実は動きません。その方針と中国の対外政策は全く同じです。天皇は仕方がなく軍部に祭り上げられていただけだという主張が通るなら、日本人は皆間違った情報に踊らされ軍部に騙されて戦わされていただけだ、という逃げ口上が言える事になってしまいます。別に主張するのは勝手ですけど、他所の国では何処もそれを支持しません。北朝鮮の主張みたいなものですね。他所様の恥ずかしい振りを見て我が振りを直す、他山の石にしたいものですが。
少なくとも武士道であるとか葉隠の精神であるとか、そういうものと大多数の日本の軍人の姿勢は大変な隔たりがあって、国に殉じて死んでいったと言いますけど、そんな事望んでやった訳じゃない人の方が多いのです。竹槍で銃に立ち向かえという訓練をやらせる様な愚鈍で狂信的な思想は、投降するなら自決しろというのと同じです。そんな死に方ははっきりいって無駄死にです。その無駄死にを強制しておいて今更神社に祀られても嬉しくもなんともないでしょうよ。そんな国を死して尚守るなんて私ならまっぴらごめんですね。むしろその愚かで世に害悪にしかならない自己中心的な思想を今に受け継ぐ政治家共を呪ってやりたくなりますよ。
元々機械系だったので当時の我が国の戦闘機や戦艦のみならず、当時のドイツから現在の各国主要兵器に至る迄、方向性はともかく文明の粋を極めた技術を注ぎ込んだものが兵器なので一通り知識があります。その上で特攻とか発案する上層部では阿呆は負けて当然なのです。特攻隊で死んだ方々を英霊として祀るのは良いですけど、彼等は無駄に命を捨てさせられたのです。捨てる事で戦局が打開出来るのであれば無駄死にじゃないですけど、どうやっても無理なのに1億火の玉とか言っちゃう狂人に命令されて突っ込まされてるんですから。しかも殆ど命中しないという。変な喩えですけどアルマゲドンの様に、1人残って地球が救えるのであれば喜んで残ろうという方はまさに英雄だと思いますが、特攻しても進路すら変わらない彗星にただ闇雲に突撃するのは無駄死にです。
国の為、と言えば聞こえは良いですけど、そんな理屈が通るんであればアウシュビッツで虐殺をしまくったナチ戦犯だってお国の為だと言えなくもないですよね。狂信的思想の指導者の下ですけど彼が主張する大ドイツ民族の為だと信じていたんです、と言えば。
日本のやり方だと、その戦犯も一緒に祀ってしまい、我が国には死ねば皆仏になるという思想があります、等と政教分離を謳っているくせに言ってしまうのですから、外国からは誰にも理解されないでしょうね。オタク文化を世界に広めるクールジャパンと対極に位置するもう1つの日本は恐ろしい、という事になります。
自国を守る為に戦う事が出来る様に憲法を改正しようという論理と先の戦争で日本が虐殺を行っていなかったとか思考統制の為の検閲や情報操作をしていなかったかの様な主張とは全く別。非道な事もやりました、だからごめんなさい、その分は東京裁判で裁かれ、戦後補償も締結した条約に沿って行いました、なので当時の事を持ち出して後出しで利権のありそうな島を横取りしようというのは戦勝国だろうと未知の国だろうと関係なく断固戦います、と言える様になれば良いのですが、その為にはかつての日本軍は民度の低い思想の下民間人を弾圧した歴史があり、それを統帥していたのは天皇で、彼に責任があったが自ら認め謝罪し象徴という立場になったのだからもう今更責任を蒸し返す様な事はせず、その精神の精神性を世界中から賞賛される様な日本になれば良いと思わずにはいられません。
汚い物を見せなければ綺麗な心でいられる、という思想が私は嫌です。それではパンが無ければブリオッシュを食べれば良いのにと言った王妃と同じです。己のルーツにも繋がる自国の歴史、世界の行く末を左右する大量破壊兵器、そういう物に対する知識が無いのに平和を語る事は出来ません。語れますけどそんな平和はとても薄っぺらく守る事すら出来ません。権利の上に眠る者、という名言を記した我が国の社会学者がいましたが、まさにそういう輩です。だから松江市の小学校の考え方には私は納得出来ません。笑い話ですけど弁解で一部の関係者が“小学校では禁止してますが市立図書館では読めます”と訳の判らない事を言っていたのは自分の主張にすら責任と意思を持たない姿が伺えて笑えます。そんな程度の覚悟で偉そうに子供とはいえ他人様の選択の自由を制限するなんて愚かにも程があります。
ちなみにうちの子供には小学校の児童クラブに漫画が置かれていて読んだ話をしていたので、丁度GyaO!で無料配信されていたアニメ版(なんでも漫画以上に描写がリアルだから暗黙の了解としてTV放送禁止だそうなw)を見せておきました。冷や汗をかきながら見ていましたが、あんな兵器を使うなんて絶対にいけないよね、と言ってきたのを聞いて、見せる事は悪い事ではないと改めて思いました。その後のカッパライや悪事に手を染めないと生き抜く事が出来ない子供の姿を見て、当時の厳しさを改めて知り、自分は恵まれていてその生活を守っていく為にも戦争はいけないんだ、と思った様です。あれを見て子供が薬物に手を出したり犯罪を犯したりするのが格好良いとか自分もやろうなんて思う事を危惧するのは自分達の教育の意義を否定する様なものです。
右だ左だ民族主義的発想だなんてどうでもいいですけど、臭いものに蓋をして見せないという教育は間違えているとだけは言えますね。最後になりますが、中学時代の思い出を。中学校の教員資料室には授業では使われませんが実際に起こった事実を説明する為の資料が大量に転がっておりました。時々コッソリ入り込んではその資料を読み漁っていましたが、その中に早乙女勝元氏監修の東京大空襲の資料写真集や、広島長崎の原爆写真集が何冊もありました。今から25年以上前の事ですが、詳細に大量の写真が集めてあり、その悲惨さと凄まじさを衝撃と共に認識したものです。それで良いと私は思います。

